第49回香港和僑会


第49回

有限会社がんばれ社長!武沢信行氏

第49回香港和僑会

開催日

5月8日(金) 19:00 ~ 21:30

開催場所

日本人倶楽部

参加者数

30名

第49回香港和僑会

◇“偉大ゾーン”強さの本質

以前、セブンイレブン分析の大家が書いた「セブンイレブンの強さの秘密、驚きの発見」の記事ことをふと思い出した。

『生き馬の目を抜く小売りの中でも特に競争の激しいのがコンビニ業界。その中で他の追随を許さないセブンイレブン。いったいなぜそんなに強いのか?

「まてよ?」(と、その大家)

毎週全国からFC(フィールド・カウンセラー)をわざわざ集めて開催される非常に重要なFC会議。ここで直接、鈴木敏文会長が語る講話にこそ、その強さの秘密が隠されているに違いな!講和でどんなことが話されているか是非知りたい。

セブンイレブンに出向き何度も頼み込んで講演資料を見せてもらった。丹念に資料を読んで驚きの事実を発見した。

膨大な講話内容を丹念に読んでわかったこと。

なんと鈴木会長は…。

「毎回、同じことを話していた」ことがわかったのだ。

より正確には、同じ主旨のことを違った逸話などを交え、味付けを変えて噛み砕くように何度も何度も語っていたのだった。(上野 意訳)

“何事も本質は意外に単純明快”とよくいわれる。成功の法則しかりとも。本質があまりに単純すぎて凡人がその“本質”を聞くと大抵は肝心な部分が右の耳から左の耳へ。

だから大切なことは事例などを織り交ぜ繰り返し聴く必要がある。がんばれ社長の武沢先生のご講演は毎回新たな発見に満ちている。そしていつ聴いても楽しい。しかし実は、根っこの部分は一貫していて変わらない。過去の和僑会での講演と比較してお読みいただければそのエッセンス(本質)が浮かび上がってくるのではないだろうか?

和僑会プレ世界大会:2008-5-1

http://www.wa-kyo.com/previous_02.asp?/92.html

第25回香港和僑会の様子2007-6-1

http://www.wa-kyo.com/previous_02.asp?/80.html

第12回香港和僑会の様子2006-4-1

http://www.wa-kyo.com/previous_02.asp?/67.html

第3回香港和僑会の様子2005-3-1

http://www.wa-kyo.com/previous_02.asp?/58.html

武沢先生ありがとうございます。

(ここまでの文責 上野)

■テーマ :『ビジネスを一気に加速する戦略的短期目標の設定』

まず、自己紹介から。2000年から『がんばれ!社長』と言うメールマガジンを発行している。楽天の三木谷社長の講演会を聞いたのがきっかけ。その時の演題は『いかに中小企業がITに対応するか?』であった。この時の結びの一言が印象に残った。「本業を構成し、中核となる技術は外に出したり社員に任せたししてはならない。ホームページぐらいは自分で作れるようにしないとダメだ。」当時私もホームページを持っていたが、社員に作らせていた。そうすると、どうしても社員に気兼ねしてしまう。この文字をもう少し大きくしたいだとか、色を変えたいとか、忙しそうにしている社員を見ていると、「この程度ならまあいいか」とこまごまとした変更を指示しなくなる。そうすると、社長も興味が無くなって見なくなる。自分が見ないものだから、他人が見るわけが無い。アクセス数が減少し、アクセス数が減ったら自分も気迫が無くなりますますホームページがなおざりになり訪問者数が減る。このような負のスパイラルをたどる。

三木谷社長の講演を聴いてから、ホームページビルダーと言うソフトを買って自分でやってみたら、意外と簡単だった。ところが、コンテンツが無いことに気がついた。経営コンサルタントなので各中小企業個別のカウンセルの事例には事欠かないがネットで紹介できるものが無かった。

そこで、読んで面白いものを書こう。と気を取り直し、まぐまぐにメルマガの登録を行った。それまでは宵っ張りだったが、メルマガを書くために朝型に変えた。出勤までにメルマガを書くために毎朝4時起きにすることにし、睡眠時間を確保するために夜は9時に就寝するようにした。このリズムが出来ると体のほうも非常に調子が良い。さて、メルマガだが、あるとき1日で950名増えたことがあった。いくらなんでもこんなに急に購読者が増えるわけがない。と不思議に思い、まぐまぐに電話をかけて聞いてみたら、ウィークリーまぐまぐに“おすすめメルマガ”として紹介されていた事が分かった。この時に私は「やっと志が実現できるかもしれない。」と実感した。

私は坂本龍馬のように生きたかった。龍馬は『日本を洗濯いたしたく候』と言い、土佐藩を脱藩し、幕臣の勝海舟の弟子となり、海軍建設の資金を東北の藩主と掛け合い海援隊を作った。

将来の進路を決めるときに父親に相談した。「オレは坂本龍馬になりたいんだけどどんな仕事に就けばいいか?」父親の返事は「それだったら商社マンか外交官だろうなあ。」であった。

当時希望した進路に進めなかった思いが蘇り、「龍馬のように自分で東奔西走することはなくてもネットを使えばメッセージは東奔西走するはずだ。」人に読んでもらうに値するものを書く、自分の得意なこと、人の役に立つこと、だんだんと読者数